ドラマ『風、薫る』では、卒業を迎えたりんたちを見届けたバーンズが帰国することになりました。
バーンズは帝都医大の看護教育を支えた中心人物です。
それだけに、なぜ日本を離れなければならなかったのか気になった方もいるのではないでしょうか。
史実をたどると、その背景には明治時代のお雇い外国人制度や、日本人主体の看護教育へ移行していく時代の流れがありました。
この記事では、バーンズが帝都医大に残らなかった理由や、明治時代の看護教育の実態、バーンズが日本に残した功績について史実をもとに解説します。
風薫る|バーンズはなぜ帝都医大に残らない?
『風、薫る』のバーンズが帝都医大に残らなかった理由は、看護教育が不要になったからではなく、日本人主体の教育体制へ移行する方針があったためと考えられます。
バーンズは近代看護を日本へ伝える重要な役割を担っていました。
そのため「これほど優秀な教師なら、そのまま帝都医大に残した方がよかったのではないか」と感じる人もいるでしょう。
実際、当時の日本にはバーンズと同じレベルで看護教育を行える日本人看護師はまだ多くありませんでした。
『風、薫る』のりんや直美のように、看護婦としての第一歩を踏み出したばかりの人材がほとんどで、教育者として後進を育てる段階には至っていなかったのです。
それでも明治政府や医療機関が目指していたのは、外国人教師に頼り続ける体制ではありませんでした。
お雇い外国人から知識や技術を学び、それを日本人が受け継ぎながら発展させていくことが近代化政策の大きな目的だったのです。
また、お雇い外国人は契約によって招かれているケースが多く、高額な費用もかかりました。
そのため一定の成果を上げると、日本人へ役割を引き継ぐ流れが進められていきます。
バーンズの帰国は看護教育の完成を意味したわけではありません。
むしろ、日本の看護が外国人の指導を受ける段階から、自ら発展させていく段階へ進もうとしていたことを示す出来事だったといえるでしょう。
風薫る|明治時代のお雇い外国人とは?
『風、薫る』に登場するバーンズのような外国人教師は、明治時代に活躍した「お雇い外国人」と呼ばれる人々がモデルになっています。
お雇い外国人とは、近代国家を目指していた明治政府が海外から招いた専門家たちのことです。
当時の日本は西洋の医療や教育、法律、工業などを急速に学ぶ必要があり、多くの外国人が各分野の指導者として来日しました。
医療分野では外国人医師だけでなく、バーンズのような看護教育者も重要な役割を担いました。
彼らは最新の看護技術や衛生管理の知識を日本人へ伝え、近代看護の基礎づくりに貢献したのです。
しかし、お雇い外国人は日本に永住することを前提としていたわけではありません。
日本人へ知識や技術を伝え、自立した教育体制を築くことが本来の目的でした。
そのため契約期間が終了すると帰国するケースも多く、明治政府も徐々に日本人へ役割を引き継ぐ方針を進めていきます。
『風、薫る』で描かれるバーンズも、こうした時代背景の中で日本の看護教育を支えた存在でした。
バーンズが帝都医大を去ることになった背景には、お雇い外国人制度そのものの考え方があったといえるでしょう。
風薫る|帝都医大が目指した看護教育とは?
『風、薫る』で描かれている帝都医大が目指していたのは、単に看護婦を増やすことではなく、近代的な看護教育を日本に根付かせることでした。
それまでの日本では、患者の世話をする「看病婦」が中心で、看護に関する体系的な教育は十分に整っていませんでした。
しかし西洋医学の発展に伴い、医師の指示を理解し、専門知識を持って患者を支える看護婦の育成が求められるようになります。
そこで帝都医大では、バーンズのような外国人教師を招き、観察力や衛生管理、患者への対応など、近代看護の考え方を取り入れた教育が行われました。
知識を学ぶだけでなく、病院での実習を重視した点も大きな特徴です。
また、帝都医大が目指していたのは外国人教師に頼り続ける教育ではありませんでした。
バーンズから学んだ看護婦たちが現場で経験を積み、やがて後輩を指導する立場へ成長していくことが期待されていたのです。
『風、薫る』のりんや直美たちも、まさにその第一世代にあたります。
帝都医大の看護教育は、優秀な看護婦を育てるだけでなく、日本人自身の手で看護を発展させていく土台づくりを目指していたといえるでしょう。
風薫る|バーンズが日本に残した功績とは?
『風、薫る』で描かれるバーンズの最大の功績は、日本に近代看護教育の土台を築いたことです。
明治時代以前にも患者の世話をする人々はいましたが、看護を専門的な知識と技術を持つ職業として学ぶ仕組みは十分に整っていませんでした。
バーンズは西洋式の看護教育を導入し、観察力や衛生管理、患者への接し方など、看護に必要な知識を体系的に教えたとされています。
特に重要だったのは、教室で学ぶだけではなく、病院での実習を重視したことです。
患者の状態を観察し、自ら考えて行動する近代看護の考え方は、その後の日本の看護教育にも大きな影響を与えました。
また、バーンズの教えを受けた看護婦たちは全国の病院や養成所で活躍し、後輩の指導にも携わるようになります。
こうして看護教育の輪が広がったことで、日本の近代看護は少しずつ定着していきました。
『風、薫る』のりんや直美たちも、まさにその第一世代として描かれています。
バーンズが残した功績は一人の看護婦を育てたことではなく、日本の看護が発展していくための基礎を築いたことにあったといえるでしょう。
バーンズのモデルや実在した人物について詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
👉『風薫る』バーンズ先生は実在?モデルとされるアグネス・ヴェッチとは
まとめ
『風、薫る』で描かれるバーンズは、実在した看護教育者たちをモデルにした存在と考えられています。
バーンズが帝都医大を去る背景には、お雇い外国人制度や日本人主体の教育体制への移行という明治時代ならではの事情がありました。
また、帝都医大が目指していたのは外国人教師に頼り続けることではなく、日本人自身が看護を学び、その知識や技術を次の世代へ受け継いでいくことでした。
バーンズが残した功績は、まさに日本の近代看護の土台を築いたことにあります。
明治時代の看護教育や当時の時代背景を知ることで『風、薫る』で描かれるりんや直美たちの挑戦がより身近に感じられるはずです。
史実とあわせて見ることで、これからの物語もさらに深く楽しめるのではないでしょうか。
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