PR

豊臣兄弟37話|興福寺はなぜ大和で強い力を持っていた?

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『豊臣兄弟!』37話では、秀長が大和で強い力を持つ興福寺と対立。

興福寺は信仰だけでなく、政治にも関わる存在でした。

37話のあらすじとともに、興福寺の力の背景や、蜂須賀正勝の阿波辞退は史実なのかを探っていきます。

スポンサーリンク

豊臣兄弟37話あらすじ・ネタバレ

『豊臣兄弟!』37話では、蜂須賀正勝との別れと、秀長が大和の統治をめぐって興福寺と対立する姿が描かれます。

蜂須賀正勝が阿波を辞退!仲間たちとの別れ

四国平定の功績を認められた蜂須賀正勝。

しかし、秀吉が用意した阿波一国の恩賞を受けず、次の世代に役目を託して隠居したいと申し出ます。

秀吉はその願いを聞き入れ、阿波を息子・家政に与えることにしました。
古傷を抱える正勝は、秀吉や秀長たちと歩んだ日々に悔いはないと、涙ながらに感謝を伝えます。

別れを惜しむ仲間が集まり、門出を祝う宴はにぎやかに。

みんなに囲まれた笑顔を見ると、こちらまで胸が熱くなりますね。その半年後、正勝は病で生涯を閉じました。

秀長が大和の統治へ!興福寺との対立が始まる

大和を任された秀長は、城の整備を進めます。

一方、家臣たちをねぎらいたい慶は、蔵の米がやせていることに困っていました。

娘の末は米を分けてもらおうと、庄屋のもとへ向かいます。

そんな中、興福寺の使者・磐覚が大金を携えて秀長を訪問。

筒井の時代と同じ関係を求めますが、秀長は寺社の土地も自ら管理する方針を示しました。

これに磐覚は仏の威光を持ち出して反発。

国を治めようとする秀長に、お寺が立ちはだかるとは、簡単には進みそうにありませんね。

検地を阻む襲撃事件!高虎が磐覚の関与を暴く

末を捜して庄屋・石川清兵衛を訪ねた秀長は、興福寺の重い年貢が農民を苦しめていると知ります。

土地の実情を確かめようと検地を進めますが、農民は仏罰を恐れて反対。

苦しくても逆らえないとは、つらい状況ですよね。

さらに、調査に当たっていた小堀正次が賊に襲われる事態に。

しかし秀長は妨害を予想し、藤堂高虎を護衛につけていました。

高虎に捕らえられた賊は、磐覚の命令で動いたと告白。

検地を阻もうとした企みが明るみに出ます。

興福寺と決着!秀長が約束した五千石の寄進

襲撃への関与が発覚しても、磐覚は反省するどころか悪態をつきます。

そこへ現れた興福寺の権別当・兼深が検地を認め、対立はようやく収束へ。

秀長は土地を調べる一方で、興福寺には毎年五千石を寄進すると約束しました。

妨害までされたのに、お寺への支援も残すとは驚きですよね。

相手を言い負かすだけでは、その後の統治は続きません。

寺との関係を保ちながら、自分の方針も通した秀長。

大和を治めるための落としどころを見つけた決着でした。

スポンサーリンク

豊臣兄弟37話|興福寺はなぜ大和で強い力を持っていた?

『豊臣兄弟!』37話で秀長と対立した興福寺は、なぜ大和で強い力を持っていたのでしょうか。

その背景を史実から見ていきましょう。

興福寺は宗教だけでなく大和の政治も担っていた

興福寺は、信仰の中心であるとともに、大和の政治にも関わっていました。

鎌倉・室町時代には大和に幕府の守護が置かれず、興福寺がその役割を担っていたのです。

春日社とも深く結びつき、宗教と政治の両面で地域に影響を及ぼしていました。

つまり、人々がお参りするだけのお寺ではなく、大和を治める立場でもあったわけです。

お寺が政治まで担っていたなんて、今ではちょっと考えられんわ。

長年それでやってきたところへ秀長が急にやってきたら、まあ怒りに変わるのもわかる気がするけど…。

もちろん、だからといって襲撃は別の話。

37話の秀長は、ずいぶん厄介な相手と向き合ったんだね。

興福寺の力を支えた土地と年貢

興福寺の力を経済面で支えていたのが、寺領と呼ばれる土地と、そこから納められる年貢でした。

寺の活動や建物の維持には財源が必要で、土地から得られる収入は重要な基盤だったのです。

豊臣政権下では検地が進められ、興福寺の寺領も見直しの対象となりました。

お寺も建物を直したり、人を養ったりするにはお金がかかるもんね。

ただ、37話のように農民が苦しむほど取り立てるとなると仏さまに逆らうことになるんじゃない?

しかも、罰が当たるのが怖くて逆らえないなんて、農民もつらいところ。

信仰が暮らしの支えであるはずなのに、我慢する理由になってしまうのは悲しいよぉ。

秀長―ぁ何とかしてくれーーーーー!!

秀長の土地管理は興福寺にとって何を意味した?

『豊臣兄弟!』37話で秀長が示したのは、寺社の土地も含めて大和を自ら管理する方針でした。

興福寺にとっては、これまで通りに土地や年貢を扱えなくなるということ。

収入だけでなく、地域への影響力にも関わる問題です。

検地を受け入れることは、領主である秀長の権限を認める意味もあったと考えられます。

磐覚があれほど反発したのも、自分たちの立場が変わると思えば納得…。うんうん。

でも、都合が悪くなると仏罰を持ち出すのはずるいよなぁ。

秀長も、寄進は続けるけれど土地は管理する、と譲るところを見極めたんだね。

相手の言いなりにもならず、全部取り上げるわけでもない。

このさじ加減がなかなか難しい…。

それをやり遂げるのが秀長だ!

スポンサーリンク

豊臣兄弟37話|蜂須賀正勝が阿波一国を辞退したのは史実?

『豊臣兄弟!』37話で描かれた蜂須賀正勝の阿波辞退は史実なのでしょうか。

息子・家政に譲った経緯や、辞退の理由を見ていきましょう。

史実でも阿波は息子・家政へ

蜂須賀正勝が阿波の恩賞を辞退し、息子の家政が領主となったのは史実です。

天正13年(1585年)、正勝と家政は四国攻めで戦功を挙げました。

秀吉は正勝に阿波を与えようとしましたが、正勝は家政に与えてほしいと願い出ます。

その願いは認められ、正勝は家臣たちに家政の補佐を託して大坂へ戻りました。

一国をもらえるなんて大出世なのに、それを息子に譲るとは、息子を信頼している証だな。

私なら「せっかくここまで頑張ったんだから」と迷っちゃう。

しかも、任せきりにせず、支えてくれる家臣まで頼んでおくところが親ですね。

家政も心強かったでしょう。

37話で描かれた引き際には、次の世代を思う正勝らしさが感じられて、胸に響きますね。

辞退の理由は高齢と秀吉のそばにいたい思い

正勝が阿波を辞退した理由は、高齢であることに加え、秀吉のそばを離れたくなかったためとされています。

秀吉愛が強いね~~。

領国の経営を家政に任せ、自身は大坂で秀吉に仕える道を選んだのです。

『豊臣兄弟!』37話では古傷による体の衰えが描かれましたが、史実の辞退を、仕事から完全に退くための決断と捉えるのは少し違うようです。

大きな領地を持つことより、長年仕えた秀吉のそばにいることを選んだんですね。

出世よりも支えたい思いが強かったのかもな。

年を重ねると、自分がどこで誰と過ごしたいかも大切だもんね。

正勝にとっては、秀吉を支えることが生きがいだったのかもしれないね。

そう思うと、ドラマの別れの宴も、グッとくるわぁ。

スポンサーリンク

豊臣兄弟37話の見どころ|戦わずに大和を治める秀長の手腕

『豊臣兄弟!』37話は、大和の統治を始めた秀長だけでなく、慶や末の行動にも注目!

家臣をねぎらおうとした慶が目にしたのは、やせた米ばかり。

そこで末が、米を分けてもらおうと庄屋へ向かいます。

自分から動く末がなんと頼もしいわ。

その末を捜して庄屋を訪ねた秀長が、農民を苦しめる年貢の実態を知ることに。

家族の身近な出来事から、大和全体の問題が見えてくる流れが見どころ!

興福寺と渡り合う秀長の手腕とともに、そのきっかけをつくった末はすばらしい。

さすが秀長の娘だわ。

スポンサーリンク

豊臣兄弟37話まとめ

『豊臣兄弟!』37話では、長く大和の政治を担ってきた興福寺を相手に、秀長が検地を認めさせました。

一方、阿波を息子に託した正勝と、仲間たちとの別れも胸に残りましたね。

38話では、大和の財政を立て直すため、秀長が郡山の商いを盛り上げようと動きます。

しかし、奈良の豪商たちは移転を拒否。

筆屋・才蔵の商いを成功させ、職人を呼び込もうとする秀長は、どんな手腕を見せるのでしょうか。

【豊臣兄弟全話関連記事はこちら】

『豊臣兄弟!』は各話ごとに物語が大きく動いていきます。

他の回の展開も気になる方は、全話あらすじと考察・史実とドラマの違いをまとめた記事もあわせてご覧ください。

👉豊臣兄弟が面白い!脚本と史実の違いを解説【全話ネタバレあり】

コメント

タイトルとURLをコピーしました