「もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう?」――タイトルを聞いた瞬間、思わずクスッとしてしまいました。
人生を舞台にたとえることはあっても、その裏の“楽屋”に光を当てる発想は三谷幸喜さんならでは。
舞台とは人前で演じる場所、楽屋は素の自分をさらけ出す空間。
つまりこのドラマは、“人間の裏側”をユーモアと温かさで描く群像劇です。
誰もが表と裏を行き来しながら生きる現代で、「生きるとは何か」「本当の自分とは誰か」をそっと問いかけてくる。
笑って、考えて、少し胸が熱くなる――そんな“人生の脚本の裏側”へようこそ。
きっとあなたの心にも、そっとスポットライトが当たるかも。
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もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろうとは?
「もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう?」というタイトルを初めて目にしたとき、多くの人が「なんだか不思議」「ちょっと気になる」と感じたのではないでしょうか。
舞台と楽屋という言葉自体は身近なのに、人生にそれを重ねると一気に奥行きが広がる。
まさに三谷幸喜さんらしい“仕掛け”が最初から詰め込まれているように思えます。
舞台は誰かに見せるための場所。
観客に拍手をもらい、スポットライトを浴びて輝くための空間です。
一方で楽屋は、舞台に立つ前に緊張をほぐしたり、素の表情を取り戻したりする裏側のスペース。
つまり「楽屋はどこにあるのか?」という問いは、人が人として生きる中でどこで自分をさらけ出せるのか、というテーマにもつながっているのです。
このドラマが単なるエンタメにとどまらないだろうと感じるのは、まさにここ。
華やかな表舞台だけでなく、その裏側に隠れている不安や葛藤、時にはズルさまで丁寧に描き出すことで、きっと多くの視聴者が「自分の楽屋はどこだろう」と考えずにはいられなくなるはずです。
タイトルが投げかける問いはシンプルなのに深い。
そして見る人の心を揺さぶり、「この先をもっと知りたい」と思わせる力があります。
ドラマを追いかけるうちに、観客である私たち自身が“舞台に立つ一人”として巻き込まれていく。
そんな体験を味わえるのが、この作品の大きな魅力だと感じます。
もしもこの世が舞台なら|脚本は三谷幸喜!25年ぶりのゴールデン復帰にワクワク
もしもこの世が舞台なら――。
三谷幸喜さんが25年ぶりに民放ゴールデン帯の連続ドラマ脚本に戻ってくる――そのニュースだけでワクワクが止まらない人も多いのではないでしょうか。
舞台、映画、大河ドラマと数々のヒット作を生み出してきた三谷さんですが、今回の作品は自身の半自伝的要素を取り入れた青春群像劇。
だからこそ、これまでの三谷作品を知る人には懐かしさと新鮮さが同時に味わえるはずです。
特に会話のテンポ感と、思わずクスッと笑ってしまうユーモアの裏に、鋭い人間観察が潜んでいるのが三谷さんの真骨頂。
観客を笑わせながら、気づけば人生の本質に触れさせてしまう巧みさは健在でしょう。
しかも1984年の渋谷という舞台設定も絶妙です。
バブル直前の活気ある時代背景と、若者たちの夢や挫折を重ねることで、物語にリアリティと普遍性が生まれる。
三谷さん自身の青春時代と重なるからこそ、脚本に宿る熱量はいつも以上に濃厚になりそうです。
視聴者はただのドラマを楽しむだけでなく「これは自分の物語かもしれない」と共感してしまう瞬間に出会うかもしれません。
25年ぶりのゴールデン復帰作、三谷ワールド全開の展開に期待が高まりますね。
放送開始前から注目度が高く、初回放送後には間違いなくSNSを賑わせる話題作になるでしょう。
もし楽|キャスト紹介だけで豪華絢爛すぎる!
もし楽、豪華キャストが勢ぞろい!
ここでは、個性豊かな登場人物たちを一人ずつ紹介します。
誰が物語をどう動かすのか要チェックです。
久部三成(菅田将暉)
若き演出家の卵・久部三成は、蜷川幸雄に憧れ、理想のシェイクスピア劇を作ろうと必死に挑む青年です。
自信と情熱は人一倍だけれど、その熱さゆえに時に周囲と衝突し、劇団を追い出されてしまうという不器用さも持ち合わせています。
そんな彼を演じるのは菅田将暉さん。
圧倒的な存在感と繊細さを兼ね備えた菅田さんだからこそ、夢を追いかけながらも壁にぶつかる三成の姿がリアルに伝わってきそうです。
倖田リカ(二階堂ふみ)
WS劇場で踊るダンサー・倖田リカは、アーティスティックな雰囲気をまとう妖艶な女性。
人を惹きつける華やかさと同時に、どこかミステリアスで掴みどころのない存在感が魅力です。
演じる二階堂ふみさんは、これまでも独特なオーラを放つ役柄を数多く演じてきました。
リカを通して、舞台の華やかさと人間の複雑な感情をどう表現するのか…期待せずにはいられません。
蓬莱省吾(神木隆之介)
新人の放送作家・蓬莱省吾は、“三谷青年”をモチーフにしたキャラクター。
ジャケットにネクタイという少し背伸びした姿で、理想と現実の間でもがきながら、放送の世界に飛び込んでいきます。
演じる神木隆之介さんは、等身大の青年からシリアスな役まで幅広くこなす実力派。
繊細で人間味あふれる芝居で、省吾の葛藤を丁寧に描いてくれそうです。
江頭樹里(浜辺美波)
渋谷の八分神社にひっそりと仕える巫女・江頭樹里。
華やかな街並みの中で静かに佇む姿は、まるで時代に取り残された存在のようにも見えます。
そんな神秘的な役を演じるのは浜辺美波さん。
透明感と芯の強さをあわせ持つ彼女だからこそ、樹里の“表の顔”と“心の奥”に秘めたものを魅力的に表現してくれることでしょう。
風呂須太郎(小林薫)
渋谷のジャズ喫茶「テンペスト」のマスター・風呂須太郎。
ジャズのリズムが流れる空間で、静かに若者たちを見守る存在です。
演じるのは小林薫さん。
人生経験を重ねた大人の包容力と渋みが、物語の空気を一段と深くしてくれそうです。
きっと登場するだけで安心感を与えてくれるキャラクターになるはず。
トニー安藤(市原隼人)
WS劇場の用心棒・トニー安藤は、強面ながら寡黙で、劇場を陰ながら支える存在です。
演じる市原隼人さんは、その迫力ある表情とアクションで独特の緊張感を生み出してくれそう。
舞台裏の治安を守るようでいて、物語の中で意外な一面を見せるのでは?と期待が高まります。
大瀬六郎(戸塚純貴)
交通勤務の純情警官・大瀬六郎。渋谷の街を日々見守りながら、人々の小さなドラマに出会っていく役どころです。
演じる戸塚純貴さんは、コミカルさと真っ直ぐさを併せ持つ俳優。
大瀬というキャラクターを通じて、笑いと温かさを運んでくれるに違いありません。
パトラ鈴木(アンミカ)
WS劇場のダンサーで、後輩ダンサーたちの姉御的存在がパトラ鈴木。
演じるのはモデルやタレントとしても活躍するアンミカさんです。
華やかなステージ姿と、人生経験から滲み出る説得力が加わり、舞台上の“姐さん”感をリアルに表現してくれそう。
彼女の一言一言が、若者たちの背中を押す大切な役割を果たすのではないでしょうか。
毛髪モネ(秋元才加)
WS劇場のダンサーでシングルマザーの毛髪モネ。
息子とともに懸命に生きる姿は、舞台の華やかさの裏にあるリアルな生活感をにじませます。
秋元才加さんが演じることで、強さと優しさを兼ね備えた母の存在感が際立ちそう。
彼女の生き方が物語にどんな彩りを添えるのか注目です。
おばば(菊地凛子)
無料案内所に佇む謎めいた女性・おばば。
意味深な言葉で人を導く姿は、まるで物語全体の“狂言回し”のような役割を果たします。
演じる菊地凛子さんは、その独特な雰囲気と存在感で不思議な説得力を放ち、視聴者を物語の奥深くへと引き込んでくれるでしょう。
江頭論平(坂東彌十郎)
八分神社の神主で、巫女・樹里の父親。
厳格に見える一方で、実はあるダンサーの過去に深い関わりを持つ人物でもあります。
坂東彌十郎さんが演じることで、厳しさと人情味が交差する“父の姿”が、重厚な味わいを生み出しそうです。
うる爺(井上順)
WS劇場の客引きとして登場するうる爺は、話すこと自体がエンターテインメント。
かつて漫談家としてステージに立っていたという背景を持ち、若者たちの奮闘を時に茶化し、時に励ます存在です。
井上順さんならではの明るさと軽妙な語り口が、ドラマに温かい笑いを添えてくれるでしょう。
伴工作(野間口徹)
WS劇場の舞台監督・伴工作。
控えめな性格ながら、仕事ぶりは確かで劇場を裏から支える縁の下の力持ちです。
野間口徹さんの落ち着いた演技が、舞台裏の“職人魂”をしっかりと映し出してくれそうです。
ジェシー賀(シルビア・グラブ)
WS劇場のオーナー・ジェシー賀。豪華でゴージャスな雰囲気をまといながら、劇場の赤字続きにはやきもきしている存在です。
演じるシルビア・グラブさんは、舞台経験豊富な女優として華やかさと現実感を兼ね備え、この役柄に深みを与えてくれそうです。
乱土郎(佳久創)
ジェシー賀の秘書兼ドライバーであり、どこか頼りがいのある存在の乱土郎。
時に冷静、時にお茶目という両面を持ち合わせていて、物語のアクセントとなりそうです。
佳久創さんならではの力強さで、存在感を発揮してくれるはずです。
浅野大門(野添義弘)
WS劇場の支配人・浅野大門。
日々劇場運営に奔走しながら、スタッフや出演者との距離感に悩む一面もありそうです。
野添義弘さんの人間味ある芝居が、大門の“苦労人”ぶりをリアルに感じさせてくれるでしょう。
浅野フレ(長野里美)
大門の妻・フレ。
やや情緒不安定で、事務の一切を引き受けるものの、ほぼ才能任せではない奔放なキャラクター。
長野里美さんが演じることで、愛嬌と不可思議さを兼ね備えた魅力的な人物として描かれるはずです。
トンちゃん(富田望生)
劇団「天下天下」に所属する制作スタッフで、不器用ながらもいつも久部のことを気にかけるトンちゃん。
富田望生さんの自然体の演技が、温かみのある存在感を与えてくれるでしょう。
黒崎(小澤雄太)
劇団「天下天下」の主宰・黒崎。
久部としばしば激しくぶつかり合うなど、劇中で大きな波乱を巻き起こす存在になりそうです。
小澤雄太さんの迫力ある演技で、物語を一気に緊迫させてくれるはずです。
彗星フォルモン(西村瑞樹/バイきんぐ)
お笑いコンビ「コントオブキングス」を組む芸人・フォルモン。
周囲の声に耳を貸さず、どこか不器用に生きる姿がユーモラスでありながら切なくも映ります。
西村瑞樹さんならではの“味のある存在感”で、物語にリアルな芸人の哀愁を吹き込んでくれそうです。
王子はるお(大水洋介/ラバーガール)
フォルモンの相方・王子はるお。知的で落ち着いた雰囲気を持ち、横柄なフォルモンと好対照なキャラクターです。
大水洋介さんの淡々とした表現力が、相方との掛け合いに独特のリズムを加え、物語の中で温度差ある笑いを生み出すでしょう。
仮歯(ひょうろく)
ジャズ喫茶「テンペスト」で働く従業員・仮歯。
神経質で声が小さいという特徴を持ちながら、日常の中で存在感を放つキャラクターです。
ひょうろくさんの個性的な演技が、緊張感とコミカルさをあわせ持った不思議な味わいを見せてくれそうです。
毛利里奈(福井夏)
WS劇場のモギリを務める毛利里奈。
派手な服装とお菓子を頬張る姿が印象的で、舞台を陰から支える裏方でありながら観客の目を引く存在です。
福井夏さんの自然体な演技が、里奈の飾らないキャラクターをより愛らしく描いてくれそうです。
ケントちゃん(松田慎也)
渋谷のスナック「ペログリーズ」で働くウェイター・ケントちゃん。
口数は少ないものの、その分一言一言に重みがあり、意外な頼もしさを発揮します。
松田慎也さんの落ち着いた雰囲気が、ケントちゃんというキャラクターを静かに光らせるはずです。
いざなぎダンカン(小池栄子)
WS劇場の看板ダンサー・いざなぎダンカン。
彼女の存在は、単なる舞台の華ではなく、第1話のストーリーに深く関わる重要な鍵となります。
小池栄子さんは堂々とした演技と存在感で定評があり、劇場という空間を一瞬で支配する力を持っています。
彼女が纏うオーラが、物語全体にどんな影響を及ぼすのか——その登場シーンを心待ちにしたくなる役どころです。
もしもこの世が舞台なら|全話あらすじ&感想・まとめ
『もしもこの世が舞台なら』は、人生そのものを“舞台”に見立て、登場人物たちの葛藤や再生を軽やかに描いていきます。
華やかな表の顔と、誰にも見せない裏の顔――その両方を三谷幸喜らしい会話劇とユーモアで紡ぎながら、人間の本質を問う物語です。
ここでは全話を通して、久部三成(菅田将暉)たちが織りなす“人生の脚本”をたどっていきます。
もし楽あらすじ1話|久部が“光”を見つけた夜!居場所を失った男の再出発とは
もし楽あらすじ1話――。
昭和59年秋の渋谷。
蜷川幸雄に憧れる演出家の卵・久部三成(菅田将暉)は、その横暴な気質が原因で劇団を追放され、路頭に迷う。
行き着いたのは怪しいアーケード街「八分坂」。無料案内所のオババ(菊地凛子)に誘われ、ストリップ劇場「WS劇場」と隣のスナックへ。
そこで出会ったのが、三島由紀夫を愛読するダンサー・倖田リカ(二階堂ふみ)だ。
ハイボールを飲みながら悩みを打ち明けるが、ぼったくり店でテーブルチャージ9万円請求され、シェイクスピア全集を人質に取られてしまう。
クライマックスではリカの真紅のドレス姿でのダンスが圧巻。
スタッフ不足で光が当たらない中、久部は思わず照明を操作し、彼女を照らす。
演出家としての血が騒ぎ、居場所を見つけた瞬間だった。
三谷ワールドらしいドタバタと演劇的高揚感が詰まった幕開けだ。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと【感想】
もし楽、第1話を見てまず感じたのは、豪華キャストの勢いと熱量。
大河ドラマのような存在感に圧倒されつつも、菅田将暉さん演じる久部の不器用な情熱が印象的でした。
そして何より、真紅のドレスで踊るリカを照らした“あの光”。
あの瞬間、久部が自分自身を取り戻したように見えました。
舞台に立てなくなった男が、誰かを照らす側へと回る。
その行為はまるで「他者を輝かせることで自分を救う」ことの象徴のよう。
三谷作品らしい笑いの裏に、“人が再び立ち上がる力”が丁寧に描かれていた気がします。
人は誰かのために動くとき、自分の居場所を見つけるのかもしれませんね。
久部の“光”は、人生のどこかで迷う私たちにもそっと重なるように感じました。
もしもこの世が舞台ならネタバレ2話|芝居が劇場を救う瞬間とは?おばばのダンスが運命を変える
もしもこの世が舞台なら2話――。
風営法の改正でストリップ劇場「WS劇場」はますます厳しい状況に追い込まれていた。
久部三成(菅田将暉)は照明の腕を買われ、新たに劇場スタッフとして迎え入れられる。
久部は楽屋を訪ね、以前出会ったダンサー・リカ(二階堂ふみ)と再会するが、彼女はどこか距離を置いたまま冷めた反応を見せる。
その頃、風営法違反の取締りでモネ(秋元才加)が警察に連行される騒動が起き、劇場の空気は一気に重くなる。
そんな中でも久部の情熱は衰えず「ここで芝居をやろう」と提案。
最初は反発するダンサーたちだったが、おばば(菊地凛子)が華麗なダンスを披露し、彼女の一言で空気が一変する。
久部は自らの脚本を再び手に取り『クベ版 夏の夜の夢』を上演すると宣言。
過去に失った舞台への情熱を取り戻し、新たな夢へと踏み出していく姿に、再び“光を作る男”としての魂が宿っていた。
もしもこの世が舞台なら|アラカンサヲリのひとこと【感想】
「もしもこの世が舞台なら」2話はまさに“再生”の物語でしたね。
久部(三成)が芝居をやろうと宣言した瞬間の無謀さと熱が、なんとも三谷作品らしい。
閉塞感に包まれていたWS劇場が、あのおばば(菊地凛子)のダンスによって一気に息を吹き返す――あの場面は鳥肌が立つほど美しかったです。
おばばの踊りは、ただの芸ではなく「諦めない生き方そのもの」を表していたように思います。
そして、久部が再び脚本を手に取る姿には、“過去を受け入れて今を生き直す”人間の強さがありました。
この回を見て感じたのは、舞台という場所が“生きる象徴”だということ。
誰かが諦めずに立ち上がるたび、もう一度照明が灯る。
光を作る男・久部の姿に、「人生もまた演じ直せるものなのだ」と静かに教えられた気がします。
もし楽あらすじ3話|壊れた台本と覚醒の稽古場とは?久部の焦りが希望へ変わる時
もし楽3話では、久部三成(菅田将暉)はシェイクスピアの「夏の夜の夢」を自分たちの劇として形にしようと、夜を徹して台本に向かっていた。
けれど、思い描く世界と文字がうまく噛み合わない。リカ(二階堂ふみ)や蓬莱省吾(神木隆之介)の率直な意見に心がざらつき、感情を抑えきれず原稿を破ってしまうほど。
そんな中でも久部は、江頭樹里(浜辺美波)の神社にチラシを置き、自分の覚悟を確かめるように歩いていく。
かつての劇団仲間との再会では、トニー安藤(市原隼人)の台詞に驚かされ、胸の奥に何かが灯る。
稽古の空気も少しずつ変わり始め、彗星フォルモン(西村瑞樹)と王子はるお(大水洋介)の笑いの掛け合いが、新しい風を運んでくる。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと【感想】
第3話は、久部の苛立ちが物語を引っ張った回でしたね。
理想と現実の狭間でもがく姿に、人としての生々しい感情があふれていました。
言葉がうまく形にならず、台本を破り捨てるあの瞬間——
それでも彼がペンを握り続けたのは、「自分を信じたい」という想いが残っていたから。
そんな中で、トニー安藤や彗星フォルモンたちが一気に“覚醒”したのは象徴的でした。
誰かの焦りや葛藤が、別の誰かの情熱に火をつける。
それが“チーム”や“舞台”という場所の面白さでもあり、人生そのものの縮図のようにも思えます。
この回で印象的だったのは、久部がまだ自分の“光”を完全に見つけられていないこと。
でも、その迷いこそが、彼を本物の演出家へと導いていく気がします。
人は完璧ではないけれど、足掻きながらも前に進む。
そんな久部の姿に、私たち自身の“成長の稽古”を重ねて見てしまいました。
もしもこの世が舞台ならネタバレ4話|WS劇場軍団「夏の夜の夢」に賭けた思いとは
もしもこの世が舞台なら4話では、久部三成(菅田将暉)演出による「夏の夜の夢」初日を控え、WS劇場では倖田リカ(二階堂ふみ)や蓬莱省吾(神木隆之介)らが最後の稽古に追われていた。
一方、八分神社では巫女の樹里(浜辺美波)が「八分坂を出たい」と神社本庁の清原(坂東新悟)に懇願し、神主・論平(坂東彌十郎)は廃社の危機に肩を落とす。
そんな中、朝雄(佐藤大空)のポスターを気に入った久部は宣伝に使うよう命じるが、稽古は進まない。
母・モネ(秋元才加)は担任から児童相談所の話まで持ち出されるが「これからはシェイクスピア俳優として生きる」と覚悟を語る。
ゲネプロ直前、蓬莱は照明器具“パーライト”を劇団「天上天下」から盗んでしまうが、黒崎(小澤雄太)とトンちゃん(富田望生)が警官を連れて乗り込む。
だがWS劇場の面々は芝居を止めず、全身で舞台を生き抜いた。
その熱気に心を動かされた黒崎は「初日祝いにくれてやる」と笑い、劇場には静かな拍手が響いた——。
もしもこの世が舞台なら|アラカンサヲリのひとこと【感想】
いよいよ「夏の夜の夢」の初日が近づいてきましたね。
第4話では、WS劇場のみんながようやくひとつにまとまり始めた感じがして、ちょっと胸が熱くなりました。不器用なんだけど、舞台にかける想いが真っ直ぐで。
うまくいかなくても前を向くその姿に、なんだか元気をもらえました。
それにしても「夏の夜の夢」ってやっぱり面白いですね。
三谷幸喜Worldだなぁと…。
現実と夢が入り混じるような世界観に、観ている私まで引き込まれてしまいました。
二階堂ふみさんのスリラーを踊るシーンは思わず拍手!表現者としての迫力を感じました。
役になりきれないもどかしさも含めて“生きている”俳優さんたち。
本気でぶつかる姿はやっぱりかっこいい。次回、どんな舞台になるのか楽しみです。
もし楽あらすじ5話|幕が上がる“夏の夜の夢”―久部が見た舞台の現実とは
もし楽5話では「夏の夜の夢」初日の幕が上がる。
旗揚げ公演に挑む久部三成(菅田将暉)は「劇団クベシアター、旗揚げです」と宣言し、仲間たちと緊張の中にいた。
お祓いのため八分神社の神主・論平(坂東彌十郎)と巫女・樹里(浜辺美波)が劇場を訪れるが、パトラ鈴木(アンミカ)の名が呼ばれず、直後に肉離れを発症。
久部自身も近隣のダンサーチームと衝突して顔を腫らすなど、不穏な空気が続く。舞台装置の変更や代役騒動、弁当のトラブルなど混乱が重なる中、観客もまばら。
それでも久部は幕を上げ、芝居をやり抜いた。終演後、樹里は感動の涙を流すが、久部は「こんなの芝居じゃない」と荒れ、理想との落差に打ちのめされる。
そんな中、相談所を訪れた久部のもとにリカ(二階堂ふみ)が謎の男を伴い現れる。
その男――是尾礼三郎(浅野和之)の登場が、久部の“芝居”観を大きく揺さぶることになる。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと【感想】
舞台の幕があがる瞬間って、期待と不安がないまぜになりますよね。
今回の久部たちは、まさにその渦の中で必死に立っていました。
スムーズにいくはずもなく、次々と起こるハプニングに右往左往。
それでも彼らは幕を下ろさず、最後まで演じきった。
まるで人生そのもののように、トラブルの中にこそ輝きがある――そう感じました。
久部三成(菅田将暉)がこの舞台をどう磨き、どんな答えを見つけていくのか…これからの変化を見届けたいです。
「この世が舞台なら楽屋はいったいどこにあるだろう」――私の楽屋はまだ見つかっていない。あなたは見つかりましたか?
もしもこの世が舞台ならネタバレ6話|うる爺の決断と久部の葛藤、そして“夏の夜の夢”の行方
もしもこの世が舞台なら6話では、久部(菅田将暉)は憧れのシェイクスピア俳優・是尾(浅野和之)との出会いに感激し、自身の「夏の夜の夢」が認められたことで舞い上がる。
一方で巫女の樹里(浜辺美波)は久部を想い、打ち上げ会場で再会を願って待つが、そこに複雑な感情を抱く倖田リカ(二階堂ふみ)が現れる。
リカは樹里に辛辣な言葉を投げつけ、場は一気に重い空気に。
耐えきれず樹里は父を連れて立ち去り、八分坂を去る決意を口にする。
その頃、初日の失敗を悔やむうる爺(井上順)は降板を恐れ、懸命に稽古を重ねていた。
打ち上げ会場では警官・大瀬(戸塚純貴)がうる爺のモノマネを披露し、場が笑いに包まれるが、偶然その場に現れた本人が誤解し、怒りをあらわにして出て行ってしまう。
やがて、うる爺が交通事故で重傷を負ったという知らせが入り、久部は自分の選択が皆の運命を狂わせたのではと自責の念に駆られる。
だが「テンペスト」のマスター(小林薫)は「それは違う、みな大人なのだ」と静かに諭す。
舞台は続くが、久部の胸には深い痛みと後悔が残る。
物語の最後、久部は外で道路工事の誘導員として働く是尾を見かけ、現実と夢の狭間に立ち尽くす——。
もしもこの世が舞台なら|アラカンサヲリのひとこと【感想】
もしもこの世が舞台なら6話はまさかのうる爺が交通事故⁉とびっくりしましたが、とりあえず命に別状がなくて本当によかったです。
今回も三谷World全開で、まさに「三谷さんらしいな」と毎回ドラマを見るたびに思います。
テンポのよい会話劇に笑いながらも、どこか胸がチクリと痛む瞬間があって、見入ってしまいました。
昭和の懐かしい空気感がたまらなく惹きつけてくれます。
久部の理想と現実、リカや樹里の複雑な心情が交錯しながらも、それぞれが自分の“舞台”を生きている。
その人間模様こそ、この作品の魅力ですよね。来週もどんな展開が待っているのか、ますます目が離せません。
もし楽あらすじ7話|久部の暴走と150万円の行方
もし楽7話では、劇団は「夏の夜の夢」と並行して「冬物語」の稽古に追われ、疲労が蓄積する中、支配人・大門は売上ノルマを満たすため、密かに大事な甲冑を売却。
だがオーナー・ジェシーはその事実をすべて把握しており、久部に渋谷を牛耳る影響力を誇示して圧をかける。
一方、王子はるおはテレビ出演の話を受けるが、条件は相方フォルモンとの解散。
揺れながらも受け入れ、支度金150万円を受け取るが、久部に半ば強引に奪われてしまう。
フォルモンは解散話に深く落ち込み、はるおの態度にも心を折られる。
蓬莱は久部の暴走を止めようとするが届かず、久部は大門へ145万円を差し出して帳尻を合わせる。
その裏で、トニーが一人黙々と稽古する姿に、久部は何かを決意したように表情を変えるのだった。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと【感想】
お笑いコンビの明暗、恋の五角形、そして150万円の行方…。
第7話は、人の欲と情が入り乱れる“生々しさ”が妙に胸をざわつかせました。
はるおの旅立ちは嬉しいはずなのに、フォルモンの背中がなんだか痛いほど切なくて…。
その一方で、久部と樹里、リカのバチバチは完全に青春群像そのもの。恋って、うまくいきそうでいかない時こそ一番ドラマになるんですよね。
そして極めつけは大瀬の代役抜擢(笑)。
彼の真面目さが逆に光っていて、こういう“想定外の伸びしろ”がこの作品の面白さだなと感じました。来週は誰の心が動くのか、ますます目が離せません。
もしもこの世が舞台ならネタバレ8話|嘘が真実を超える瞬間──久部の演技が救った命
もしもこの世が舞台なら8話では、WS劇場では久部三成が手がける「冬物語」が上演され、樹里は彼の創作を支えるため台本の無駄を削り、舞台をより鋭く磨き上げていた。
おばばの出番すらカットされるほどの徹底ぶりだ。
そんな中、客席に突然現れたリカの元情夫・トロが芝居へヤジを飛ばし、劇場の空気は一気に緊迫する。
さらにオーナーのジェシーが「上演時間を半分の45分にして6回まわせ」と指示し、久部と蓬莱に衝突が走る。
一方リカは、トロから“新しい店で働いて借金返済を手伝ってほしい”と迫られていた。
歌舞伎町行きを避けたいリカは父・論平に金を頼み込み、論平は宝物の七福神まで差し出そうとする。
そんな姿に心を揺さぶられた久部は、大瀬の拳銃だと勘違いした“おもちゃの拳銃”を手にトロへ立ち向かう。
渾身の演技でトロを制した久部は、リカを守り切ることに成功。
論平は七福神をリカに手渡し、リカはそれを久部へ託す。
WS劇場はかろうじて1ヶ月延命したものの、終幕の足音は確実に迫っていた。
もしもこの世が舞台なら|アラカンサヲリのひとこと【感想】
久部の“芝居で人を救おうとする”姿勢には、本当に胸を打たれました。
おもちゃの拳銃だとわかっていながらも、あそこまで本気で感情を乗せられる役者魂。
あの渾身の演技に、トロでさえ芝居の世界へ引き込まれてしまうほどでした。
それだけ久部の表現力が圧倒的だったということですよね。
不器用だけど真っ直ぐにリカを守りたい気持ちが伝わり、観ているこちらまで息を呑むような緊張感に包まれました。
WS劇場は延命できたものの、この場所に迫る“終わりの影”は濃くなる一方。次回も胸を張って見届けたくなる展開でした。
もし楽あらすじ9話|劇団一丸の夜――菅田将暉の前に小栗旬現る
もし楽9話では、リカ(二階堂ふみ)の元情夫・トロ(生田斗真)を追い出した久部(菅田将暉)の強さに触れ、彼女は少しずつ久部に惹かれ始めていた。
次回演目『ハムレット』の主役は久部が務め、恋人オフィーリア役をリカに演じてほしいと依頼する。
二人は手をつなぎ、親密な空気のまま酒場へ向かう。
一方、八分神社では巫女の江頭樹里(浜辺美波)がその関係に胸をざわつかせる。
父の論平(坂東彌十郎)は「あの二人に恋はない」と軽く流すが、樹里の不安は消えない。
劇団ではトニー(市原隼人)が稽古に励む中、オーナーのジェシー才賀(シルビア・グラブ)から“汚れ仕事”を任され外へ。
開演後も戻らないため、久部はカットしていたシーンを復活させ、パトラ(アンミカ)やフォルモン(西村瑞樹)、おばば(菊地凛子)らが舞台を繋ぐ。
代役に論平が立とうとした瞬間、トニーが乱入し劇に戻るが、警察に追われ連行役を演じて退場。
残したカセットには秘密の録音があり、久部は交渉材料として握る。
そこへ久部を訪ねる人物が現れ、向かった店内にはカリスマ演出家・蜷川幸雄(小栗旬)がいた。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと【感想】
崩れそうな舞台を誰も責めず、ただ守ろ「と手を動かす劇団員たちに胸が熱くなりました。
誰かが遅れたら埋める、穴があいたら肩を貸す──血縁ではないのに成立する“戦友のような結束”。
それが劇団という生き物の怖さであり、温かさでもあるのだと思います。
リカ(二階堂ふみ)が久部(菅田将暉)に惹かれ始めたのも、男としてではなく“舞台を背負う役者”として立つ姿に心が動いたからなのでしょう。
終盤、静寂を断ち切るように姿を現した小栗旬さん。
思わず何度も見返してしまったほどでした。
また来週がどんな展開になるのか楽しみですね。
もしもこの世が舞台ならネタバレ10話|蜷川の一言で揺れ始める運命
久部(三成)は「冬物語」上演後、テンペストで伝説の演出家・蜷川幸雄と対面する。
蜷川(小栗旬)は久部の資質を鋭く見抜き、「今は突き進め」と背中を押す。
その一言が久部の中に新たな火を灯す一方、蜷川はマスター風呂須とも意味深に語らい、久部の知らぬところで“別の人脈”が動いていた。
劇場では、トニーの録音を武器にジェシー才賀が上納金を大幅減額。
だがリカはさらに支配人を切るよう促し、素人排除発言で樹里を揺さぶるなど、劇団内の空気はますます混沌としていく。
一方、大瀬の拙いプロポーズ騒動、支配人夫妻の不正発覚、占い師から告げられた「男から生まれた男」という謎の言葉――久部の周囲には不穏な影が濃くなり始める。
やがて久部は旧劇団へ戻り、「次は自分がハムレットを演じる」と宣言。物語は新たな局面へ踏み出していく。
もしもこの世が舞台なら|アラカンサヲリのひとこと【感想】
もし楽あらすじ11話【最終回】
WS劇場を手に入れた久部三成(菅田将暉)だったが、劇団内には少しずつ歪みが生じていく。
新演目「ハムレット」では大瀬六郎(戸塚純貴)の人気が急上昇し、久部は焦りと嫉妬から周囲を疑い始める。
リカ(二階堂ふみ)は自信を失い、久部の独善的な振る舞いに限界を感じていた。久部は過ちを隠すため嘘を重ね、仲間を突き放してしまう。
やがて信頼は完全に崩れ、劇団は解散へ。
すべてを失った久部は八分坂を去る。それから2年後、それぞれが別の道を歩みながらも、かつての仲間たちは芝居への想いだけを胸に生き続けていた。
もし楽|アラカンサヲリのひとこと
最終回を見終えて一番心に残ったのは「才能」よりも「人としてどう在るか」が問われていた物語だったという点です。
久部は芝居に真っ直ぐで情熱もありましたが、その想いが次第に自分本位に変わってしまったことで、仲間も居場所も失ってしまいました。
一方で、劇団を離れても芝居への想いを手放さなかった人たちの姿は、とても救いに満ちていました。
夢は叶えるものですが、誰かを踏み台にしてしまった瞬間、その夢は形を変えてしまう。静かだけれど、後味の残る最終回でした。
もしもこの世が舞台なら|青春群像劇に込められたメッセージは?
「もしもこの世が舞台なら楽屋はどこにあるのだろう」は、単なるドラマの枠を超えて“青春群像劇”として描かれています。
舞台は1984年の渋谷。
時代はバブル前夜で街全体が勢いに満ちていましたが、そんなきらびやかさの陰には、まだ何者でもない若者たちの不安や焦りが渦巻いていました。
夢を追う者、恋に破れる者、どうしようもなく自分に自信が持てない者…。
それでも彼らは、自分の舞台を探して全力で生きています。
三谷幸喜さんがあえて半自伝的要素を取り入れたのも「誰にでも心の奥に楽屋がある」というテーマを伝えるためではないでしょうか。
人は誰しも表と裏を持ち合わせています。
舞台の上で笑顔を見せても、楽屋では悩んだり泣いたりする。
そんな不器用さこそが“人間らしさ”であり、同時に共感を呼ぶのです。
このドラマが視聴者に投げかけるのは「あなたにとっての楽屋はどこ?」という問いかけ。
友人の前か、家族の前か、それともSNSの裏アカかもしれません。
舞台に立つ勇気を持ちながら、裏で息をつく瞬間を誰もが必要としている。
その普遍的なメッセージを、笑いと涙に包んで描いているからこそ、この作品は“青春群像劇”でありながら、今を生きる私たちにも強く響くのです。
もし楽|まとめ|夢と挫折を描いた傑作ドラマ
『もし楽』は、演劇の世界を舞台にしながら、夢を追うことの美しさと、その裏にある挫折や孤独を丁寧に描いた作品でした。
才能や情熱があっても、人との信頼を失えば居場所は簡単に崩れてしまう。
久部の転落はその厳しさを突きつける一方で、夢に破れながらも前を向いて生きる登場人物たちの姿は、静かな希望として描かれていました。
成功だけが正解ではなく、回り道をしながらも自分の人生を生き直すことの大切さを教えてくれるドラマだったと思います。
放送が終わった今も、余韻が残り続ける一作です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。<(_ _)>


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